2011年07月01日
移植手術から、6月14日でちょうど4年が経過しました。
昨年より20日以上も早く鹿児島は梅雨明けしました。
今日は弟のサッカーの試合でふれあいスポーツランドに行きました。今年の梅雨はずっと雨ばかりで外遊びする時間はほとんどなく、久しぶりの快晴となった週末でした。弟の応援に行ったはずですが、サッカーは全く見ることなく久しぶりの公園遊びを遥香は満喫してきたようです。
気がつけば前回の更新より随分ブログを更新していませんでした。
この8ヶ月間は何もなかった訳ではありません。昨年12月より遥香は幾度となく発熱を繰り返し、2度精査入院までしました。今回は諸検査で拒絶反応や移植後リンパ腫は幸い否定されましたが、移植から何年経っても拒絶反応の心配が尽きる事はありません。
2月頃は比較的体調が良かったのですが、不運にも学年でおたふくかぜが流行し、感染予防のため登校できませんでした。おたふくかぜは、インフルエンザなどと違い終息するまでに時間がかかり、3学期は残念ながらほとんど登校することなく修了式を迎えることとなりました。
発熱の原因に関しては、4月入院中の検査で、右の中耳炎が新たに疑われました。遥香は度重なる左中耳炎のため、2年前より鼓膜チューブ留置しています。その後も左中耳炎は繰り返していましたが、右中耳炎を起こした事は一度もありませんでした。耳鼻科通院しながら様子を見ていましたが、いっこうに改善なく、6月18日にさらに右にも鼓膜チューブを入れることとなりました。これで発熱しなくなればと願っています。
昨年7月の法改正後、脳死下臓器提供が増え、今年4月13日には15才未満の男児からの脳死下臓器提供が国内で初めて施行されました。海外での移植に一縷の望みを託し、渡航するしかない難病の子供たちにとって、国内移植の道が開けた日となりました。
遥香は、多くの方の善意に支えられて、そしてドナーとなられた名も知らないお子様の命を紡がれて、今を元気に生きています。余命1〜2年と宣告されてから、気がつけばもう4年という月日が経ちました。何年経過しても不安や心配事が尽きることはありません。しかしそれ以上に遥香と共に生き、共に喜び、共に悲しむ事が出来るささやかな幸せにあふれた毎日を送っています。時々、過去の記録を見ては、先も見えず悲しみに包まれていた日々がついこの間の出来事のように思い出され、未だに胸が熱くなります。
これまで支えてくださった皆様に、感謝すると共に改めて深くお礼申し上げます。
7月末は、年に一度の心筋生検です。拒絶反応が出ない事を祈るばかりです。
はるかの両親より
トラックバック(0)
2010年12月17日
12月になりました。
11月29日は定期診察でした。
夏頃より上昇していた腎機能も、ネオーラルの減量によりようやく落ち着いてきているようです。相変わらず貧血ですが、お薬を増やしたくないので鉄剤は飲まずに様子を見てもらっています。
鹿児島でも最近は寒い日が続いています。寒さに弱い遥香は、さらに朝の身支度に時間がかかるようになりました。
「急いでいるもん」と言いながら、のんびりと着替えをするため、毎日迎えに来てくれるお友達を待たせるはめになり、親の私たちがいつもやきもきさせられています。
はるかの両親より
トラックバック(0)
2010年09月06日
2学期が始まりました。定期診察でした。
9月6日は定期診察でした。
今回の診察では、主治医の先生の勧めもあって、大阪大学春日丘ハウスに宿泊しました。宿泊料金は3000円と格安で、毎月鹿児島から通院する私たちにとっては、大変助かります。附属病院に隣接しており朝もゆっくりすることができて、朝寝坊の遥香にとっては大変快適なようです。これからも空室があるときは利用したいと思います。
はるかの両親より
トラックバック(0)
2010年08月09日
心臓病の子供を守る会キャンプ、定期診察でした。
8月7、8日は鹿屋市の霧島が丘公園で、心臓病の子供を守る会のキャンプがありました。遥香が移植を受けてから毎回参加しており、今年は昨年の楽しい思い出があるため、遥香らは数日前から楽しみにしていました。行きの車中はお昼寝の時間となったため、ついてすぐはまだぼぉーとしていましたが、1時間もすると楽しく走り回り、3人とも尋常ではないくらい汗だくになっていました。
はるかの両親より
トラックバック(0)
2010年06月16日
移植手術から3年が経ちました。
6月14日は定期診察でした。
最近ようやく採血にも慣れたようで、まだペンレステープや付き添いは必要ですが、泣くこともなく採血を受けることが出来るようになりました。
はるかの両親より
トラックバック(0)
